

今から約900年前、中国北宋の時代に造られた、機械式時計装置の“源流”とも言える大型天文観測時計装置“水運儀象台”が、デコールセイコー 悠久の原型です。
当時の中国では、天体の運びをもとに政治が行われ、天文学は国家の科学であり、首都に置かれた天文台は、政治機構に欠かせない一部局であったと言われています。天文台には、一年の時間を組織する「編暦」、時間を管理する「報時」、天象を観測して未来の出来事を予知する「占星」の三つの任務があり、これらの任務を遂行する為に天文観測機器と時計は不可欠なものでした。機械式時計装置としては、ヨーロッパで誕生した13世紀から14世紀よりも数百年も前に完成していたとされる“水運儀象台”は、高さが12mにも及ぶ、近代技術が生まれる以前に人類が造った最も巨大で精密な機械設備でした。
“水運儀象台”を「原寸大で復元し、動態展示したい」との依頼がセイコークロックの前身、旧(株)精工舎にありました。時計の技術者として第一人者であった土屋榮夫氏は、当時の文献「新儀象法要」を4年の歳月をかけ解析し、1997年、遂に長野県諏訪の地に世界初となる実物大での完全復元を成功させたのです。
渾儀(レンズのない天体望遠鏡)と渾象(天球儀)、そして昼夜機輪(時刻表示装置)のすべてを水時計によって動かす大がかりな仕組みは、後にも先にも、この“水運儀象台”だけでしょう。復元に際しては「実物と同じ大きさですべてを完全に復元し、毎日動かすことに耐えるものを造る」という厳しい目標を持ち復元設計に取り組んだ結果、これまで知られていなかった駆動や機構、原理が解明されました。




セイコークロック株式会社とセイコーエプソン株式会社は、“水運儀象台”の駆動原理を基に、まったく新しい発想の高級置時計の開発に共同で取り組みました。
巨大な時計装置の小型化、省力化に向けて技術者たちは英知と最先端の技術を注ぎ込みました。実用化に至るまでには、水力に替わる動力の工夫、複雑な輪列計算、精緻な加工・組立て技術の確立など、様々な試行錯誤が重ねられました。先人たちの英知と情熱、そして壮大なロマン。これに新開発の技術が加わり誕生した“現代の工芸時計”、それがデコールセイコー 悠久 なのです。